1999年2月の日記

1999年2月4日
昨日と今日にかけて、この冬一番といわれる寒気団にみまわれた。もちろん、朝刊配達では、ゆうゆうに−5度を記録していた。ここ二日間の配達はとてもハードだった。それよりも、昨日はコンピュータが故障してしまい、えらい目にあった。故障してしまったコンピュータはまだ買ったばかりのもので、新しいものだった。起動しないというよりも、起動したとたんにサスペンド状態になってしまうのだ。どうにも、画面すら見ることができないので、仕方なくサポートに電話してみたところ、修理しかないといわれ、なくなく修理するはめになった。それで、コンピュータが故障することによって、影響があることは、単に趣味ができなくなる、というだけではないから、とてもあせるものだ。というのは、この時期はレポート課題がたまっており、無論、そういったレポートは全てワープロでこなさなければならないことになっていたのだ。そういった時期にあたり、コンピュータが使えなくなっては しゃれにならないのだ。いつもならば、レポートなどはコンピュータで簡単にこなしてしまうものだった。幸いというか、不幸中の幸いというか、新しくコンピュータを買い換える以前の古いほうが残っていたために、それを押入から引っぱり出し、再セットアップ ということになった。しかし、古いものだったので、またあらたにワープロやネットを使えるように、構築することに、とても時間を費やした。何度も不具合が生じ、印刷できなかったり、一太郎がインストールできなかったりした。そういった具合で、一日がつぶれてしまったのだ。とにかく、ワープロが使えて印刷ができるようにしないと、レポートが作成できないために、どうにかそれだけはできるようにしようと必死だった。合間に授業は言ったが、家に帰ってくるなりずっとシステムの構築にあけくれていた。ただでさえ、期間がない日々だというのにこの仕打ちはつらかった。なんとか今は使えるようになったので、しばらくはこの古いコンピュータでがんばりたいと思う。早く修理完了してほしい。

1999年2月5日
今日はとんでもないミスを犯してしまった。試験の日だったというのに寝坊してしまったのだ。今日は、仕事は休みだった。本当は休みではなかったのだが、今月は私の普段の定休日である30日がないために、ほかの日に休みをもらうことになった。そこで、試験のある、今日に休みをもらい、昨日の晩は試験勉強にいそしもうとしたのだ。しかしながら、昨日はいろいろと集金などをしたのなら、どうも疲れてしまったようで、眠ってしまったのだ。今日、早く起きて、それから勉強をして試験に行けばよかったのだが、起きたらなんと10時30分だった。もう試験がはじまっている時間だった。それからも学校に行こうとしていたのだが、学校までは30分もかかるので、それからいっても試験は終わりかけのような気がしたので、あきらめることにした。とても落ち込んだ。はじめてのミスだったからである。しかしながら、この最近の忙しい日々では、もう寝てしまうことは必至だった。体力的にもかなり無理がきていたので、昨日は勉強しようと教科書を開く気力すらもなかったのだ。しばらく眠ってから、勉強をしようと思っていたが、それも無理だった。

1999年2月7日
一昨日の試験寝坊事件から二日も経つが、やはり普段の生活は変わらないなぁ、と実感したのであった。そういったミスはもう忘れることにして、またいつもの生活を日々頑張りたいと思う。今日も朝刊配達では−4度を記録してくれたが、最近ではあまり たいした辛さも無くなってきた。以前ならば暑い手袋をしないと、手が死んでしまうものだったが、最近は、軍手のみでもいける。 日に日に、鍛えられているような気がする。そろそろ授業が終わるので、楽になりそうだ。

1999年2月9日
最近、この日記がとても冷めているという意見を聞いてしまった。というよりも、このホームページ全体が冷めていると言われてしまった。確かに、このページは読んでても何も楽しい気分にはならないし、おもしろくないと自分でも思う。しかし、それが奨学生の現状であり、正直な姿なのだと思う。まるで私は毎日、何も楽しいことがないのかと思われてしまいそうだが、そんなことはなく、毎日ファニーなこともたくさんある。しかし、それをあえて奨学生の日記に書くこともないのだろうと思ったのだ。今日は、モーニング娘のCD買ったぜいえーい、などと日記に書いても何も意味が無いと思った。だから、奨学生としての現状を伝えるページであり、それを知ってもらうためのページでありたいと思う。もしかすると、他の奨学生の人たちには、毎日何もファニーなことがなく、辛い日々ばかりの人もいるかもしれない。結構、それが普通だったりするのが、新聞奨学生というやつである。

1999年2月11日
今日は久しぶりに雨が降った。しかし、今日は締め日間際の最後の集金をしようと決めていた日なので、その日に限って降ってくれたことはとても不愉快だった。さらに午後3時からはみぞれまじりの雨になりはじめ、ますます集金に行けなくなった。夕方になってから少し小降りになってきたのでそれから出かけた。何度も言っていることは、この最後に残る家々というのは、非常に 集めにくく、最初から払う気がないやつ、居留守をつかうやつ、後で来てくれ、と延ばしに入るやつ、と、とにかく苛立たしいこと けたたましい人々ばかりである。特に、バイクで数十分もかかるようなところを、わざわざ何度も足を運んでいるから、余計である。締め切りにも間に合わなかった、というよりも払わなかった人々の分はどうするかというと、毎月恒例の、立て替えという技を使うことになる。というよりもこれはかなり不本意な技である。そもそも、新聞という製品自体は、客の手元には行っているわけでそれの代金が払われないということは物流システム的に不可能なことであるので、どこかで誰かが負担をすることになってしまう。そこで誰が負担をするのかというと、なんと集金をしている我々なのである。これは洒落にならない実態である。せっかく苦労して働いても、そのように代金を払わない輩がいるおかげで、汗水流して得た賃金が使われてしまうことになるのだ。そういった実態は多くの人に知ってもらわなければならないし、また、新聞代はしっかりと払ってもらいたいものである。また、払いたくないのなら、しっかりと止めてもらうように伝えてほしい。もしくは勧誘員に押されないように、がんばって(?)もらいたいものである。

1999年2月12日
今朝、昨日降っていた一日中の雨により、その道路などの路面の濡れが、今朝まで残っており、そして凍結するという状態で 配達した。序盤は慎重に運転をしていたので、大丈夫だったものの、最後、新聞を全て配り終わってから、店へと戻る道中の道路で、大きく転倒するという失態。しかもそういった路面にもかかわらず、配達中に滑らなかったという安堵感から、終わってから油断したのか、50キロ以上のスピードで走ってしまっていたのだ。その勢いで滑って転倒してしまったのだから、その衝撃は凄まじく、かなり痛い思いをした。しかし、かなり痛い思いをした、というだけで、かすり傷程度で済んでしまったことは、とても運が良かったのか、と思った。新聞は全て配り終わっていたので、何も積んでいなかったし、車の通りも無かったので、事故になることも無かった。あれで後ろに車がついていたのなら、ひかれていたところだった。そういった痛みから始まった一日だった。昼は今日が締め切りの課題を二つほど完成させるために、学校に行き、その後は何事も無い一日だった。課題ラッシュもいよいよ終盤を迎え、集金もほとんど終わっているので、ようやくゆっくりできそう。

1999年2月15日
今日は休みなので昨日のことを書きます。昨日の朝刊は、なんと−6度を記録しており、今までで一番寒い経験をした配達だった。最初、20分ぐらい配達してたら、それまでは何とか耐えられたのだが、次第に手が冷たくなり、その後は無意識にうめき声がでるようになった。う〜う〜ととにかく意識をはっきりさせることに必死になってしまい、何も考えることができなかった。全身が凍り漬けのような状態になった。風は−6度の風なので氷の冷たさを浴びているようなものだった。あんな配達は二度としたくないと思うが、きっとこれからも冷える日は続くだろうとおもう。しかし、昼間はずいぶんと暖かくなったので、それなりに休養をとり、15と16が休みなので、ちょっとした3連休になった。レポートもほとんど終わったので、久しぶりに何もするべきことがない3日間となったので、とてもうれしい。

1999年2月16日
ちょっとした連休もあっという間に終わり、また明日から配達の日々である。しかし、もう授業はあと一日行けば終わる予定なので、それ以降は配達や仕事のみにエネルギーを使えばいいわけで。とても楽しそうな予感。ちょっとした連休の間はものすごい寒波だったようで、以前にうめき声がでるほどの朝のときは、なんと−6度ではなく、−6.8度だったそうだ。たった0.8度低い だけでも偉い違いである。しかし明日からは少し暖かくなるそうなので、気が楽である。とてつもなく忙しかった一月を乗り切り、ようやく平穏な日々を過ごすことができそう。すべて完璧にこなすということはできなかったけれども、一度寝坊によって試験を落としてしまったけれど、それでもかなり自分でも頑張ったんだなと感じた。これからは少し休めるので、体調を整えながら、次に3年になれることを祈りたい。

1999年2月17日
久しぶりにだらけた一日だった。いや、こんなだらけた日も一日ぐらいあってもいいんじゃないか、と思うぐらいの勢いで、以前までは忙しかったのでよしとしようじゃないか。特に朝刊も暖かく(といっても−2度)、問題なく終わった。その後はずっと部屋にこもりっきり。パソコンを使わせてほしいという友人を待っていたが、ついにこなかったので、無駄な待ち時間だった。夕刊前に少しひるねをした。しかし寝坊して一時間ほど夕刊が遅れてしまった。なんてだらだらした一日だったのだろうか、しかしこんな日もたまにはあってもいいんじゃないか。

1999年2月19日
きつ〜い大雪が降ってくれた。朝は雨も降らず気温3度だったので非常に楽だったのだが、昼ごろから雪が降り始め夕刊配達ではひさしぶりにカッパを着て配達した。体にすでに積雪するほどに、激しく降っており、軍手は早くから濡れ始め、最終的には手の感覚が無くなっていた。すでに夕方の時点で何cmか積もっており、このままでは明日の朝の配達が不安である。終わるのは10時ごろになるかも。去年に大雪が降ったときは、店への新聞の輸送が大幅に遅れたことがあり、そのときは配達開始6時、終了が10時だった。明日はちゃんと早く新聞が到着するかどうかわからないが、いずれにしても配達は倍時間かかることは必至だろう。仮に今の時点でやんだとしても、朝には乾かずにアイスバーンになっていることだろう。結局はどこかで転倒する運命にあるのかもしれない。気を抜けないので、今日はしっかり寝ておかないと明日は死ぬかも。

1999年2月20日
昨日心配していたほど、朝は雪が無かったが、雪がないかわりに路面がほぼ全面にわたって凍結していた。慎重に配達したのでいつもより40分ほど余計にかかってしまった。しかし、いくら慎重に配達をしても、スリップだけはこれは防ぎようの無いものであり、特にノーマルなタイヤなので、よほど傾きを作らないように慎重に運転しないかぎりは、必ずどこかで滑ってしまうものだ。案の定、前半で一度もこけることなく配達できたことに油断したのか、後半に入ってから思い切り転倒してしまった。それも30キロほどのスピードが出てる時点で滑ってしまったので、レースのクラッシュをしたかのような勢いだった。新聞はほとんど残ってなかったので、それほど散乱しなかった。しかしながら、そんな派手なスリップをしたにも関わらず、またも怪我ひとつなかったという幸運さである。はっきり言ってちょっと怪我でもして、少し休みたいと思うぐらいの勢いで、この仕事はつらいものだが、どうやらそれも許されていないらしい。

1999年2月23日
日曜日はチャットオフ会で東京に行ったり、それなりに楽しい過ごし方をさせていただいたのだが、帰ってくるなり速攻残りの課題提出にいそしむ。ようやく今日で授業の作品の提出が終わり、学校の方は完全に春休みに入った。しかしながら今度に 待っているのは集金であり、しかも今月も先月と同様、とても悪条件なスケジュール である。というのは、2月は28日までしかなく、おまけに最後が土日ということ なので、それ以前の26日までに終わらせなければならないというのだ。 こういうとき、なんで銀行は土日休みなのかと、常々思うのである。 26日の午前までなので、今日を入れてもあとたったの三日しかないのだ。 物理的に不可能に近い時間量であり、その間ですべて終わらせろというのは 非人道的な注文である。しかしながら文句ばかりは言ってられないのでとにかく 今日からすぐに超スピードで回らなければならないので、早速学校と夕刊が 終わってから2時間ほど集金した。出だしはなかなか好調でよく集まったので 後は明日と明後日が心配である。明日と明後日は間に夕刊をはさむ以外は一日中 外回りをすることになるだろう。もっとも心配なことは天気であり、なんと明日と明後日は雨の予報が出ている。いつも集金の時期になるとピンポイントで雨が降ってくれる。誰かの悪戯ではないかと思うぐらいに。

1999年2月24日
昨日、わけのわからない勧誘電話で夜中2回ほど起こされ途中眠れなかったりしてしまった。おかげで今日はとても眠く、おまけに集金をする予定だったのに思いっきり今日に限って雨が降ってくれた。笑ってしまうぐらいの偶然。2月は28日まで、おまけに月末は土日、その前の二日前は雨、と悪条件が重なりすぎてる。結局のところ締め切りまでに時間がとれるのは明日だけ、たった一日しかなく、当然昨日のぶんのまだ30件ほどしか終わってないために、事実上明日一日だけで100件以上を回らないといけない。はっきり行ってノルマをクリアするつもりはさらさらない。もちろんやるだけのことはやるつもりだ。こんなに悪条件な日程なのに、普通ならば締め切りを少し遅らせるとかするほうが効率的なのに(土日が使える)、早めるというのは効率が悪いことけたたましい限りである。NTTの通話料やそういうのだって、月末が土日になったときは翌月の一日を期限にするとか、そういった効率化をはかっているのに、どうも新聞屋というのは古くさいシステムである。

1999年2月25日
足がふるえるぐらいに歩き回った一日だった。何しろ今日一日で残り100件ほどを回ったからだしかも春一番と思われるような強風が吹き荒れ、昼の11時ぐらいから開始したのだが外では吹き飛ばされそうな風だった。田舎地帯なのでモロに強風である。バイクなど40キロも出せば精一杯だった。おかげでスローペースになってしまい、本来進めるべき予定だった集金が、予定の3分の2程度に終わってしまった。唯一よかったことはカンカンに晴れていたことぐらいだ。途中で夕刊配達のために戻ったのだが、どうにも体が言うことをきかないので途中のコンビニでヤクルトタフマンを飲んだ。やたら効いたらしく、夕刊では妙に元気になり、歩いて配達するシーンでは、常にダッシュしていた。しかし、それが仇となり、夕刊後に一気にまた疲れが押し寄せた。その後にまた集金に行くつもりだったので、タフマンが効いて調子にのって夕刊を張り切ってしまったのは誤算だったようだ。しかしだからと言って休んでいては時間が無いので、すかさずまた集金に出かけた。夕刊をはさんで、昼4時間、夕方から夜にかけて4時間の長時間集金。マラソンでもやったかのような足の痛みを感じた。しかしこれだけやっても日数の足りなさをカバーできるだけの成績には終わらず、ほとんど残ったまま、締め切りを迎えてしまった。

1999年2月27日
朝刊ではいやな雨が降っていた。湿度十分だった。カッパを着て久しぶりに暑さを感じた。湿っぽい霧雨はとても不快だった。目に飛び込んでくるからだ。久しぶりの雨で手間取ってしまったせいで、30分ぐらい終わるのが遅れてしまった。いつも遅れたあとに店に戻ったときに所長に会うのが気まずい。その後の午前中はパソコンの修理を出すために時間帯指定で佐川急便の集荷を待っていた。しかしいつまでたっても来なかった。結局夕刊がはじまるまでずっと待ってしまった。それでも来なかった。時間の無駄という感じがした。仕方がないのでその合間を縫って洗濯をしたり、布団乾燥機をかけたりしておいた。本当はさっさと集荷をしてもらってから、今日はまだ終わってない集金に行く予定だったのに、時間を損してしまった。結局今日は来なかったので後で問い合わせてみようかと思う。また修理が直るのが遅れそうだ。もう修理に出すのは2度目にもなるこの新しいコンピュータは、お金をようやくためてから買ったばかりの最新もの。ペン2−450、メモリ128、HDD10.1GB、という強烈なスペックであるが、いかんせん直販メーカーの通信販売だったことがそのもろさを物語っているようだ。高いメーカーものが嫌いだったのだがこの故障2回で少しはメーカーものも考えておくべきだったかと後悔している。

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